出会い/後編 ここは屋上。 現在の定員数、2名。 リョーマにとって幸いに、ここには自分と日雀以外の邪魔者はいなかった。 二人は少し遅めのランチタイムを取っていた。 リョーマは普通の弁当だが、日雀の弁当はやや変わっていた。 中を覗くと丁寧に切り分けれられた色とりどりの果物類。それ以外は何も入っていない。 「日雀、ホントにそれで足りんの?」 「うん。今まできちんとした昼食をとることのほうが少なかったし。こっちの方が流し込みやすくていいんだよ」 「ふーん」 そういい、リョーマは自分の弁当の中にあった卵焼きを箸で掴み、日雀の口元に持っていった。 「何?」 「あげる」 「いいの?ありがと」 日雀はそう言い、目の前に差し出された卵焼きを食べた。 「おいしー。おばさまの料理って久しぶりだけど、やっぱいいなぁ」 日雀は満足そうな顔で卵焼きを食べた。 そんな日雀を見て、リョーマも満足だったのか、自分の弁当へと視線をずらしたその時、口元に何か少し冷たい物が当たった。 「おかえし」 そこには真っ赤なイチゴ。 日雀はリョーマが自分にやったのと同じようにイチゴをリョーマの口元に持ってきていた。 リョーマはやっと日雀の意図を理解し、そのイチゴを口の中に頬張った。 ───────甘酸っぱい 「・・・まだまだだね」 リョーマは小さくそう呟いた。 ****************************** 午後の授業も順調にこなし、そして放課後。 「そういえば日雀、部活どーすんの?」 「まだわかんない。とりあえず、今日は先生に呼ばれてるから、用件を聞いて帰ろうかなって思ってたんだけど」 「そっか。じゃあ俺、部活あるから・・・気をつけて帰れよ」 「うん。リョーマも頑張ってね」 リョーマはラケットバッグ片手に、手を振りながら教室から出ていった。 その後を追うように、3人衆も教室から賭け出ていく。 日雀も、鞄に荷物をしまい、職員室へと足を進めた。 「・・・なんか、思ったよりずっと早く終わっちゃった・・・」 職員室を出た日雀は、短くため息をついた。 職員室に呼ばれた理由は「部活を考えておきなさい」ということだった。 今まで学校に通っていなかった日雀は「部活」というものはリョーマの口から聞いていたものだけで、見たことがないのが現状だった。 「うーん、どうしようかな・・・」 歩きながら壁に掛けられた時計に目をやった。 職員室に入ってから、僅か5分足らずだ。 「・・・リョーマの所にでも、行ってみようかな・・・」 時間の余裕に、日雀はふとそう思い立ち、テニスコートの方へと足を進めた。 テニスコートの場所は、昼間屋上から確認していたため、別段迷うことはなかった。 「うわー、なんかいっぱい」 目の前にはラケットを振るう数多の少年達。 実際、今まで日雀が他人のプレイを見たのはリョーマとその父・南次郎だけだった。 そんな日雀からすれば目の前に広がる光景は新鮮極まりない。 日雀は、ただフェンス越しに少年達がラケットを振るう姿に目を向けていた。 「・・・ねぇ、あれ、出雲さんじゃない?」 ふとしたカチローの呟きはリョーマの耳にも届いていた。 リョーマは慌てたようにカチローが指さした先に目を向けた。 そこには紛れもなく自分の幼なじみの少女が立っていた。 リョーマはラケットを握ったまま、小走りで日雀の元へ駆け寄った。 「日雀!」 聞き覚えのある声に、日雀は声のした方へと視線を向けた。 「リョーマ!」 「何やってるのさ、こんなところで・・・」 「やっぱり見に来ちゃった」 そう言い、日雀はペロッと舌を出した。 「ダメだったかなぁ?」 「ダメってわけじゃないけどさ・・・」 リョーマは気が気ではなかった。 彼からすれば、ここは野獣の巣窟。 特にレギュラー陣に日雀が目を付けられでもしたら・・・リョーマはそんな考えで頭が一杯だった。 とにかく、愛しい日雀を野獣共の目に晒すわけにはいかない。 「日雀、今日はもう帰っ・・・」 「越前ー、部活サボっておしゃべりか?」 リョーマの必至の懇願はこの男の出現によって遮られた。 「・・・桃先輩・・・」 「おやまぁ、これはまた可愛い子ちゃんじゃねーか」 桃城はフェンス越しに日雀の顔を覗き込んだ。 日雀も桃城の突然の登場に驚いたが、すぐに笑顔を繕った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・可愛い! 桃城は餌に食いついた魚のような目で日雀を見た。 即座にその危機を感じたのはリョーマの方だった。 「桃先輩!!部活に戻らないと・・・」 「あれぇー、おチビと桃、部活サボって何やってんのー」 「いい身分だよね?・・・あれ、女の子?」 リョーマの嘆きが募る。新手の登場だ。 その新手の人物、菊丸と不二はフェンス越しに立つ少女に真っ先に興味を示した。 「あー、可っ愛いーーー!!」 「ホントだ。越前も桃も、この子にうつつを抜かしてたの?」 いつにも増して鋭い不二のダークネス・スマイルが桃城だけでなくリョーマをも凍らせる。 『うつつをぬかしてたの?』という建前と同時に『こんな可愛い子を二人占めしようとしてたの?』という本音も垣間見えたのは、おそらく二人の勘違いではないだろう。 目の前の光景に、日雀も少々驚きつつ、それでも笑顔を崩さないでいた。 「初めまして。リョーマの幼なじみの出雲日雀といいます」 日雀は短くそう言い、極上の笑顔を目の前の男達へ向けた。 「「「幼なじみ!?」」」 鋭い視線が3人分・・・リョーマへ向けられたことは言うまでもない。 「日雀ちゃんは何部なの?」 不二が笑顔で問いかけた。 「あ、私、今日転校してきたばっかりだから、部活とかまだ全然決まってないんです」 百発百中の不二スマイルをものともせず、日雀は淡々とそう答えた。 その反応は、少なからず不二にとっては新鮮なものだった。 大抵の女は自分が笑えば黄色い声を上げて喜ぶ。しかし、この少女は違った。 男友達と全く変わらぬ素振りで普通に答えてくれた。 媚び諂う事のないその態度は、不二にとって心地良いものだった。 「じゃあ、部活見学?」 続いて口を開いたのは菊丸だった。 「いえ、今日はただリョーマに会いに来ただけなんです」 日雀はそう言い、優しく微笑んだ。 その笑顔に、菊丸と桃城の顔が僅かに紅潮する。 4人の男達がフェンス越しの少女と語りだして数分経った時だった。 何やら、男達の背後が騒がしい。 視線を向けると、コートの中に部員達の人だかりが出来ていた。 何事かと、不二・菊丸・桃城の3人はその人だかりの方へと足を進めた。 「すぐ戻ってくるから」 そう言い残し、リョーマも続くようにコートへと踵を返した。 フェンス越しに立つ日雀はただ4人の背中を見送った。 「どーしたんスか?」 人だかりを掻き分け、リョーマはその中心にいる人物の元まで辿り着いた。 そこには海堂と河村がいた。海堂はコートに腰を降ろし、僅かに顔を歪め、河村はそんな海堂に申し訳なさそうな表情で立っていた。 「何があったんスか?」 リョーマは自分より先にここへ来ていた菊丸に事の次第を訪ねた。 「タカさんのバーニングショットが偶然海堂の左足にヒットしたんだと」 リョーマはあぁと納得し、海堂の左足に目を向けた。 足首より少し上の部分が赤く腫れていた。 「乾がいないし・・・海堂、保健室まで行けるかい?」 乾・大石・手塚はスミレの呼び出しで、現在コートにいなかった。 いつも的確な処置を施してくれる乾が今はいない。 そんなとき、リョーマは思い立ったように声をあげた。 「日雀!聞こえる?」 人混みで姿の見えないリョーマの突然の呼びかけに日雀は驚いたが、すぐに返事を返した。 「聞こえるよー」 リョーマと日雀の突然のやりとりに、辺りのざわめきが一層増す。 「ちょっと来てくれる?」 「入っていいの?」 「いいから」 二人は短く叫び合い、日雀は結局、コートの中へと足を踏み入れた。 部員達の視線が痛い。 「どうしたの?」 リョーマの元まで辿り着き、日雀は首を傾けた。 不二・菊丸・桃城も予想外の日雀の登場に驚いた。 「看てあげてくれる?」 リョーマはそう言い、海堂の左足を指さした。 日雀は海堂の左足を目を向けると、海堂の隣まで歩み寄り、しゃがんだ。 「・・・ボールでもぶつけました?」 日雀は海堂にそう問いかけた。 この言葉にはリョーマを除く全員が驚きをあらわにした。 日雀は海堂の足に河村の打ったボールが当たったという事実は知らない。 しかし、症状を見て一瞬でそう判別したのだ。 「なんでわかったんだ?」 口を開いたのは桃城だった。 「皮膚の表面に摩擦熱の火傷が出来ているから・・・」 「俺の打ったボールなんだ・・・海堂、本当にゴメン」 河村は申し訳なさそうに海堂に頭を下げた。 「先輩、平気っすから・・・」 海堂もそんな河村に居たたまれなさそうに言葉を返した。 「大丈夫ですよ。見た目ほど酷くありませんし・・・スポーツはこういうアクシデントがつきものなんですから。ね?」 日雀は頭を下げる河村の顔を覗き込み、そう言った。 「リョーマ、救急箱ある?」 日雀はそう言い、再び海堂の左足に視線を戻した。 日雀の言葉に、リョーマは部員の持っていた救急箱を日雀に渡した。 「痛かったら、言って下さいね?」 海堂の睨み付けるような視線に全く臆することなく、日雀は笑顔でそう言った。 「・・・あぁ」 海堂の返事を確認し、日雀は救急箱の中から必要な物を取りだし、海堂の左足の処置に専念した。 「お前達、一体何をやっている!?」 ふと、部員達の背後から聞こえてきた声に、部員達の肩が震える。 振り返るとそこには乾・大石、そして部長の手塚が立っていた。 「休憩を出した覚えは無かったが?・・・全員、グラウンド・・・」 「手塚!違うんだってば!!海堂が怪我したの!!」 手塚がその恐怖の言葉を言い終える前に、菊丸が慌ててそれを遮った。 「海堂が!?」 慌てて声を出したのは大石だった。 人混みのせいで、3人からはその中心で何が起こっているのかは見ることが出来ない。 「ちょっと、どいてくれる?」 乾の一言で、部員達は全員数歩後ろへと下がった。 そのおかげで、中心があらわになったが、その光景を見て3人は目を見開いた。 制服姿の女子生徒が海堂の足の処置を施していたのだ。 背中を向けているため、顔を確認することは出来ない。 日雀は、海堂の足の処置に専念していたため、周りの出来事に全く気がつかなかった。 「とりあえず、これで大丈夫です。火傷の方向と具合から見て、直撃じゃないみたいですから、骨の方には異常ないと思います」 日雀はそう言い、海堂に向かって微笑んだ。 「多分、打ち身で済むと思いますけど、一応医者にも診て貰った方がいいかもしれません」 そう言い、救急箱のふたを閉めた。 一部始終を目にしていた部員達は、素人目ながらその対応の迅速さに驚きをあらわにしていた。 「へぇ・・・完璧だね」 突然、頭上から聞こえてきた声に、日雀はしゃがんだ状態のまま真上を見上げた。 そこには、逆毛で角形の眼鏡をかけた男が自分達を覗き込んでいた。 「君が手当したの?」 「え?・・・あ、はい」 日雀はそう言うと立ち上がり、乾の方に向き直った。 「外傷は火傷があったから結構腫れ上がってましたが、そんなに酷くはないと思います。でも、念のために医者にも診て貰った方がいいかもしれません」 日雀は救急箱を乾に渡し、そう言った。 「それは君の見解?」 「はい」 日雀は自分よりかなり身長の高い乾の視線に臆することなく、さも当然のようにそう言い放った。 「君、うちの部員がすまなかったね」 大石はそう言い、乾の元に歩み寄った。 「私は大したことはしてませんから」 「いや、礼を言わせてくれ」 そう言い、手塚も少女の元へと歩み寄ったが、お互いが顔を合わせた瞬間、目を見開いた。 「あ・・・今朝の!」 先に声を出したのは日雀だった。 「今朝は本当に有り難う御座いました!」 そう言い、朝と全く同じように日雀は手塚に向かって深々と頭を下げた。 「いや・・・」 周りの者達からすれば、その会話の意図が全く分からない。 「今朝、何があったの?」 皆の疑問を代弁するかのように口を開いたのは他でもないリョーマだった。 「今朝、私が職員室への行き方が分からなくて迷ってと時に、この人に案内して貰ったの」 日雀は嬉しそうに微笑み、そう答えた。 「へぇ・・・部長が・・・?」 ライバル心を燃やすかのようなリョーマの視線を手塚は別段気にするようでもなくサラリとかわした。 「海堂、大丈夫か?」 「・・・大丈夫っす」 手塚の問いかけに、海堂も短く答えた。 「うちの部員が世話になったな」 「いえ、困った時はお互い様です」 手塚の言葉に、日雀は笑顔で返した。 その笑顔を見て、手塚の顔が僅かに紅潮したが、誰もがそれを見逃していた。 「あ、私そろそろ帰らなきゃ・・・」 「帰るの?」 日雀の言葉に、リョーマが問いかけた。 「うん。要に今日だけは早く帰るように言われてるから」 「そっか」 納得したように頷き、リョーマは日雀が投げていた鞄を拾い、日雀に渡してやった。 「気をつけて帰れよ」 「うん。また明日ね!」 そう言い、日雀はコートから去ろうと踵を返したが、3歩ほどすすみ、クルリと振り返った。 「皆さんも、部活の方、頑張って下さいね。失礼します」 日雀は極上の笑みを浮かべながらそう言い、丁寧に頭を下げ、再び足を進めてコートから去っていった。 「日雀ちゃん、可愛いにゃ〜v」 「ホント、いいよね、あの子」 菊丸と不二はお互い共感するように去りゆく背中を見送った。 「・・・ふむ、本当に完璧だな」 乾は海堂の左足の処置をまじまじと見ながらノートに何かを書き始めた。 「あぁいうマネージャーがいたら、部活もはかどるよなぁ、きっと」 桃城の呟きはレギュラー陣全員の耳に届いていた。 「・・・それ、いいね」 真っ先に興味を示したのは乾だった。 「日雀ちゃんがマネージャー!?すっごくイイじゃん、それ!」 「うん、それは俺も嬉しいかも」 「お・・・俺も・・・」 「ふしゅ〜」 続くように、菊丸・不二・河村・海堂も同意を示す。 「手塚、大石、どう思う?」 乾はノート片手に部長・副部長である二人に問いかけた。 「あの子ならいいと思うよ。海堂の怪我の処置を見たけど、申し分ない出来映えだった」 「他の女の子のように、媚び諂う事もないし」 乾に続き、不二も口を開いた。 「だけど、彼女の意志もあるわけだし・・・」 大石はレギュラー達を諭すようにそう言ったが、燃え上がった男達の闘志は『青学の母』でも抑えることは出来なかった。 「なら、日雀ちゃんが『やる』って言えば、いいんだろ?」 菊丸が嬉しそうに大石に飛びついた。 「まぁ・・・俺は構わないけど・・・最終決断は手塚だし・・・」 大石のその言葉に、一同の視線が手塚へと向けられる。 「手塚、いいでしょ?」 不二が笑顔で手塚に問いかけた。 手塚は、少し悩んだような素振りを見せたが、すぐに答えを返した。 「・・・あぁ」 手塚のこの一言により、翌日から男子テニス部レギュラー陣が行動を起こそうと思い立ったのは、言うまでもない。 一方のリョーマは目の前で繰り広げられる男達のやりとりに、ただため息を漏らすのであった。

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