不思議な子 「・・・ちょっと早すぎたかな」 日雀はそう呟くと、鍵のかかったままの扉にすがった。 今日はマネージャー初日だ。 昨日帰り際に部長の手塚から「明日は早めに来るように」と言われていた。 だから早めに来た。 しかしそれは、いつも朝の早い日雀の感覚の「早め」であって、実はかなり早い時間だった。 当然、校内には殆ど人などいない。 日雀は小さく息をつくと、鞄から1冊の本を出し、時間潰しかそれを読み始めた。 形状は随分古い。糊留めではなく、昔の帳簿のように紐留めされた本だ。 紙の色もかなりの年数を感じさせられるほどに変色していた。 中を見れば、文字は全て筆で記してある。本と言うより手書きの草書のような感じだ。 それは出雲流派の体術や柔術が記された物だった。 日雀は壁にもたれ掛かり、その古書に視線を滑らせ始めた。 「あれ・・・日雀ちゃん?」 ふとかけられた声に日雀は本から視線を離し、声の主へと視線を送った。 「あ、大石先輩。おはよう御座います」 日雀はパタンと本を閉じると大石に向かって笑顔で丁寧に頭を下げた。 やはり、今時の中学生には珍しい程の几帳面な挨拶だ。 「おはよう。日雀ちゃん、早いんだね」 「はい。手塚部長に『明日は早く来い』と言われたので、早めに家を出てきました」 「今来たの?」 「えっと・・・30分くらい前に来ました」 日雀はポケットの中から携帯を取りだし、液晶を見ながらあっけらかんとそう答えた。 そんな日雀の言葉に、大石は明らかに驚いたといった表情だ。 「30分も待ってたのかい!?」 「え、はい」 慌てる大石に対し、日雀は大石が何をそんなに驚いているのかが分からないといった表情だ。 「ゴメンね!キチンと時間を伝えておくべきだった・・・」 「いいえ、気にしないで下さい。別に30分くらい、本でも読んでればすぐに過ぎちゃう時間ですから」 申し訳なさそうな表情の大石に、日雀は「全く気にしていないから」という表情で返した。 大石は部室のドアを開け、日雀と共に部室内に入った。 「今度から外で待たなくてもいいように、先生に合い鍵を作っておいてもらうから」 「有り難うございます」 「先に着替えておくといいよ。俺は外で待ってるから」 「え、いいんですか?」 「まだみんな来てないし・・・誰もいないうちに着替えておく方がいいだろうからね」 「分かりました。じゃあ、お言葉に甘えて」 日雀の言葉に、大石は部室の外へ出た。 「本当に礼儀正しい子だなぁ・・・」 大石は笑顔でそう呟いた。 大石も中学生にしてはかなり礼儀正しい部類に入るが、日雀はそんな大石を心底感心させるほどに行動が大人びていたのだ。 2,3分経った時だった。部室のドアが開いた。 「大石先輩、着替えましたよ」 その言葉に、大石は再び部室へと足を踏み入れた。 日雀は黒地に白いラインが入った長ジャージに白いTシャツを着ていた。 「他の先輩達は来られないんですか?」 「もうすぐ来るはずだよ。多分手塚あたりが・・・」 ガチャッ 大石が言葉を言い終える前に部室のドアが開いた。 入ってきたのは、丁度話題になっていた人物だった。 「あ、手塚、おはよう」 「おはよう御座います、手塚部長」 「あぁ、おはよう」 手塚はいつもとは違う部室の顔ぶれに僅かに驚いた様子だった。 「出雲、もう来ていたのか」 「はい。部長に『早く来い』と言われたので、早めに家を出てきました」 日雀は笑顔でそう答えた。 大石が溜め息をつきながら手塚に視線を向ける。 「手塚、時間ちゃんと伝えなきゃダメじゃないか」 「何?」 「日雀ちゃん、俺が来る30分も前から部室の前で待ってたんだよ」 「!?」 大石の言葉に手塚は驚いたように日雀へと視線を向けた。 一方の日雀は、手塚が何をそんなに驚いているのだろうと小首を傾げていた。 「・・・本当か?」 「え、はい。でも、30分くらい全然平気ですよ」 そう言い、笑顔で手塚に返した。 そうは言われるものの、手塚はまだ僅かに驚いた表情だった。 「すまなかった」 「気にしないで下さい。本を読んで時間を潰してましたから」 「そういえば日雀ちゃん、随分古そうな本を読んでたね」 「古そうというか・・・結構古いものなんですよ」 そう言い、日雀は鞄から先程の本を出した。 実際まじまじと見るそれは、用紙から製本に至るまで、かなりの年代物だということを物語っていた。 「・・・これ、日雀ちゃんの?」 「私のというか、家の本です」 「ちょっと見せてもらっていいかな?」 「どうぞ」 そう言い、日雀は大石にその本を手渡した。 手塚もその中身が気になったのか。大石の背後へとまわる。 大石は表紙を捲り、その中身に驚愕した。それは手塚も同様だ。 中身は流れるような毛筆で、印刷ではなく、直筆の物だと言うことがまず分かる。 一番驚いたのは、その文字が全て草書だったという事だ。 今時、草書を読めるなどという中学生はそうは居まい。 それは大石や手塚も同じ事だった。 成績優秀な彼等だが、さすがに草書などは読めない。 しかし、日雀はそれを『単なる読み物』として持ち歩いていたのだ。 二人は中身を見たまま硬直した状態になっていた。 「どうかしましたか?」 全く動きを見せない二人に日雀は疑問符を浮かべてそう言った。 日雀の言葉に二人はようやく反応したように日雀へと視線を向けた。 「日雀ちゃん、これ、読めるの?」 「え?読めませんか?」 「普通読めないと思うけど・・・」 そう言い、大石は日雀にその本を返した。 日雀はそれを受け取ると、再びそれを鞄の中にしまった。 日雀は武道界ならば誰もが知っている『出雲』本家の人間だ。 幼い頃からの武術の訓練に加え、学問や礼儀に関してもかなり厳しく躾られてきた。 幼い子供は飲み込みが早い。特に日雀は兄妹の中でも秀でていた。 学んだ学問の中に、家柄ゆえか古文に関する類の物もあった。 先祖が書き記したという数多の古書物。全てが草書、新しい物では行書の物もあった。 武術に関する書物も数多く存在した。勿論、出雲家でそれは『武学問』の対象とされる。 そんな環境で育った日雀が、草書を読めないはずはなかった。 そのような実状を全く知らない二人は、日雀のことを心底『不思議な子』だと思っていた。 「あ、お二人とも着替えますか?私、外に出てますね」 日雀はそう言うと、二人の返事を待たず外へと出ていった。 「・・・なんだか、凄い子だね、日雀ちゃんって」 「・・・あぁ」 二人は驚いた表情でそう言うと、とりあえず着替えを始めた。 ****************************** 二人が着替えをすませた頃、部員が続々と顔を見せ始めた。 大石と手塚は日雀を連れてコートへと赴く。 大石にマネージャーの仕事内容をある程度聞くと、部員名簿を手渡された。 そう、とりあえず、部員達の名前を覚えなければ話は始まらない。 「ベンチで見ておいで」と大石に付け加えられ、日雀はコート横のベンチに腰を降ろし、名簿に目を向けた。 とりあえず、今朝のウチに目を通してしまいたい。 日雀は名簿を開いた。 丁寧に顔写真までついている。 1年メンバーは昨日までに把握していたので、2年の名簿へと視線を移した。 「日雀ちゃーん!」 声と共に、後ろから抱きすくめられた。 突然抱きしめられたというのに、日雀は驚いた様子が全くない。 日雀は聞き覚えのある声に、首だけ振り返った。 すぐ間近に、犯人の顔がある。 「英二先輩、おはよう御座います」 普通の女子であれば、鼻血を吹いて倒れるか、そのまま唇を奪おうという暴挙にも出そうな程に二人の顔は間近に迫っていた。 日雀は照れる様子すら無く、むしろ笑顔で対応した。 以外にも、顔を赤らめたのは菊丸の方だった。 「英二先輩、顔赤いですよ。熱でもあるんですか?」 そう言い、日雀は間近にあった顔を更に接近させ、菊丸の額に自分の額をコツンと当てた。 さすがの英二も、この日雀の行動には驚いた。 「少し熱いですよ・・・大丈」 「英二、何やってんの?」 日雀が言葉を言い終える前に、菊丸の体が大きく後ろに引っ張られた。 というより、半ば強引に引き剥がされたといった感があった。 菊丸は恐る恐る、自分を日雀から引き剥がした背後の人物に目を向ける。 「ふ・・・不二・・・」 「あ、おはよう御座います、不二先輩」 オドオドする菊丸とは反対に、日雀は快活な挨拶と笑顔を不二に向けた。 そんな日雀に、不二も当然笑顔で返す。 「おはよう、日雀ちゃん」 「英二先輩、どうしたんですか?今度は顔が青いですよ?」 「あぁ、日雀ちゃん、気にしなくて良いよ。英二はコレが普通だから」 「そうなんですか・・・?」 ダークネススマイルを浮かべてそう言う不二に、菊丸が反論できるはずもない。 「あれ、出雲、もう来てたのかい?」 「ふしゅ〜」 「お・・・おはよう」 不二の背後から、乾・海堂・河村が顔を見せた。 「おはよう御座います、乾先輩、海堂先輩、河村先輩」 「おはよう。うーん、データによれば、出雲が此処へ来るのは僕らが来た3分後だったハズなんだけど・・・ちなみに、今日は何番目に来た?」 「1番です」 「大石より早かったのかい?」 「はい。大石先輩より30分ほど早かったです」 日雀の言葉に乾を除く全員が驚きを見せた。 乾は「ふむ」と呟くとノートにペンを滑らせ始めた。 「まだまだデータ不足って事か」 「データですか?」 「いや、こっちの事。気にしなくていいよ」 乾は何食わぬ顔で、再びノートに何かを書き込み始める。 「そう言えば、越前と桃、まだ来てないみたいだね」 「また遅刻かにゃ〜」 不二と菊丸があたりを見回しながら嬉しそうにそう言った。 「リョーマ、朝、弱いからなぁ」 日雀は苦笑を漏らしながら、寝坊をしたリョーマの姿を思い浮かべていた。 案の定、リョーマと桃城が姿を現したのは、朝練開始から10分が過ぎたときだった。

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