戦前告知
『男子テニス部、手塚・乾、マネージャーの出雲、至急職員室の竜崎まで来なさい』
放課後の部活に励むテニスコートにも、当然このアナウンスは流れていた。
手塚・乾・日雀はお互いの顔を見合わせた。
何気にこの面子で呼び出しされたのは初めてだ。
大抵『手塚・大石』の二人か『乾』が個人で呼び出されるかのどちらかだ。
しかし、今回は手塚・乾という妙な組み合わせに加え日雀の名前もあった。
部員達も然り、レギュラー陣も『何故』と首を傾げている。
「とりあえず、行ってみる?」
乾が日雀と手塚に交互に視線を向けてそう言った。
その言葉に、日雀と手塚が同時にコクリと頷く。
手塚は副部長である大石に部員達の指示を任せると、日雀・乾とともに校舎へと向かって足を進めていった。
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3人は廊下を並んで歩いていた。
日雀を挟むような形で右に乾、左に手塚という状態だ。
ただでさえ小柄な日雀は、この長身の2人に挟まれることによってより一層幼く見えてしまう。
ふと手塚が前を向いたまま口を開いた。
「乾、一体、何だと思う?」
「さぁ・・・でも、出雲まで呼ばれるなんてね」
「私、初めてアナウンスで呼ばれましたよ」
呼び出しに疑問を抱く手塚と乾を余所に、日雀は一人、面白そうにそう語った。
そんな呑気な日雀の様子に、何故か癒される男2人。
「出雲は呼ばれた心当たりがあるのか?」
「いいえ。コレといって何も・・・」
手塚の言葉に、日雀は首を横に振ってそう答えた。
「・・・私、何か不都合でも起こしちゃったんでしょうか・・・?」
日雀は少々心配そうな表情でポツリとそう呟いた。
そんな日雀の言葉に、乾がいち早く反応を返す。
「それはないね。出雲はテニス部を立派にサポートしてくれているよ。ねぇ、手塚?」
「あぁ。出雲はよくやってくれている」
「それに、データによれば、竜崎先生が出雲を気に入っている可能性は98.9%・・・少なくとも、呼ばれた理由は悪いものじゃないと思うよ」
「そうですか・・・」
2人の言葉に、日雀は安心したように息をついた。
確かに、日雀はテニス部のためによく働いてくれている。否、働きすぎるくらいだ。
その為、いつもレギュラー陣に「無理をするな」と諭されている。
しかし、日雀はこのマネージャー業をさほど大変なものには感じていない。
家で門下生の指導や、膨大な帳簿等の整理、果ては、本家道場の師範であり、家長代理である兄の要が家にいないときは、師範代である日雀が家長代理の役割を果たさなければならない。
家長である父の瀬繼が殆ど家にいないため、それは必然的なものだ。
そんな多忙な家での生活と比べれば、このマネージャー業など、日雀にとっては全然可愛いものだった。
「まぁ、行ってみないことには話は始まらないね」
「うむ」
「そうですね」
乾の言葉に、手塚と日雀が同時に頷く。
3人は仕方なく、素直に職員室へと足を進めていった。
「「「失礼します」」」
三人は職員室にはいると、真っ先にスミレの元へと進んでいった。
「お、来たね」
スミレは三人に気がつくと、ゆっくりと立ち上がった。
「悪いけど、今から上の講義室に移動だよ。ついておいで」
スミレはそう言うと、講義室の鍵を持って職員室を出ていった。
三人は再び疑問符を浮かべ、仕方なくスミレの後を追う。
講義室へついた4人は、とりあえず椅子に座った。
スミレに向かい合う形で、やはり日雀を挟んで右に乾、左に手塚といった案配だ。
「急に呼び出してすまないね。特に日雀はビックリしたんじゃないかい?」
「あはは・・・少し驚きました」
スミレの言葉に、日雀が苦笑を漏らす。
「さて、呼び出したのは他でもない。とりあえず、手塚から説明しよう」
「はい」
「一週間後の金曜日から水曜日まで、レギュラー陣の合宿を行う」
「・・・竜崎先生、その間学校は・・・?」
「金曜日は都内の教員会議があるから、午前授業だけだろう?だから午後から出発してもらう。土日は休日。月曜日祭日、火曜日と水曜日は校長に特別に許可を貰った」
「レギュラー陣だけなんですか?」
「そうだよ。今回はただの合宿じゃあないからね」
「・・・と、言いますと?」
疑問符を浮かべる手塚に、スミレは口の端を吊り上げた。
「他校との共同合宿だ」
スミレの言葉に、手塚と乾は僅かに驚いた様子を見せる。
一方の日雀は、さして驚く理由もなく、きょとんとした表情のままだった。
「共同合宿ですか・・・」
「あぁ。だから両校とも『レギュラー陣のみ』というわけだ・・・さて、ここで乾だ。乾、お前は現在レギュラーじゃないな」
「そうですね」
「しかし今回、特別に『相手校もレギュラー補欠を一人参加させる』という条件でお前も参加の許可が降りた」
「それは有り難う御座います」
「とりあえず、お前には青学のレギュラー兼マネージャーとして、今回の合宿に参加してもらう」
「ふむ・・・わかりました」
スミレの話した内容を、乾はノートにさらさらと書き記していく。
スミレは最後に日雀へと視線を移した。
「さて、日雀」
「はい」
「今回の合宿・・・お前さんにも参加してもらいたいんだよ・・・私の代理としてね」
「・・・はい?」
スミレの言葉に、日雀は首を傾げた。
しかし、日雀よりも両側に座る乾と手塚の表情の方が訝しいものになっているのは、おそらく勘違いではないだろう。
スミレは『お前達が驚いてどうする』と日雀の両側に座る男二人に溜め息を漏らした。
「つまりはね、日雀。今回の合宿は私は参加出来ないんだよ」
「どうしてですか?」
「この合宿期間内にどうしてもはずせない会議が2つも入っててね・・・相手校の顧問にそれを話したら『それなら、自分が青学のレギュラー陣も面倒見る』と言って下さったんだよ。確かに、こうやって他校と合同合宿する機会なんてそうそう無いからねぇ・・・お互いの能力向上の為にも、今回の合宿は流したくないんだよ」
スミレの言葉に、日雀は頷いて返した。
「やはり相手校の顧問に任せると言っても、練習の面倒まで見させるわけにはいかないからね・・・そこで、日雀。お前さんに私の代わりに合宿に参加して、ウチのレギュラー達の面倒を見てやってほしいんだ」
スミレがこの大役を日雀に任せるようとしたのには理由があった。
合宿での面倒は相手校の顧問に頼むとしても、さすがに練習の面倒までみせるなど、甘えたことは出来ない。
そこで、練習の面倒は、普段マネージャー業をそつなくこなしている日雀に頼もうと思い立ったのだ。
日雀は中学生とは思えないほどに落ち着いている。
その場の冷静な判断や対処などは、時に手塚よりも勝っていると感じられることもあった。
何より、物事の対応が正確且つ迅速で、人よりは2つ3つは先のことを考えているようにも思える。
だからスミレは、そんな日雀を見込んで彼女にそう話を持ちかけたのだ。
「・・・来週の金曜日から水曜日までですか」
「あぁ。五泊六日だよ」
「場所はどこですか?」
「場所は都内だよ。ただし、山の中だけどね」
「山の中?」
「うむ。山の中にある温泉宿なんだけどね、広い敷地を利用してテニスコートが設置してあるのさ。昔からの穴場だよ」
日雀は少々眉を寄せた。
日雀には家での仕事もある。
五泊六日の合宿参加を日雀一人の独断では決められないのだ。
「・・・返事は、明日まで待って頂いても構いませんか?」
「あぁ。無理にとは言わないよ。明日までじっくり考えて来な」
「有り難う御座います」
日雀はスミレに向かって丁寧に頭を下げた。
そして今度は、その場から部屋の出入り口である扉に向かって視線を向ける。
「・・・ところで・・・皆さん、部活の方はいいんですか?」
日雀は扉に向かってそう呼びかけた。
一方、スミレ・手塚・乾は日雀の行動に疑問符を浮かべている。
手塚は立ち上がると、日雀が視線を向ける扉に向かって足を進め、その扉を勢いよく開いた。
「「「「「「「うわっ!!」」」」」」」
扉が開いたことにより、支えを失った男達の体が室内へと雪崩れ込む。
これにはスミレ・乾は驚いた様子だ。
日雀はクスクスと笑いながら、雪崩れ込んできた男達に視線を向けていた。
一方、雪崩れ込んできた男達は、目の前の手塚に向かって冷や汗を流しながら苦笑を浮かべる。
手塚は肩を大きく震わせている。背後からは『ゴゴゴゴゴ』と何か迫り来るような効果音が聞こえてきそうだ。
「お前達─────────ッ!!!」
手塚の声に、盗み聞きをしていたレギュラー陣の顔が一気に青ざめたのは、もはや言うまでもない。
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あれから、レギュラー陣は講義室で横並びに正座させられていた。
手塚は彼等に対峙する形で立ち、腕を組んで眉を寄せ、まさに不機嫌を形にしたような状態だ。
そんな手塚の横に日雀と乾も立っている。
スミレも呆れた様子で大きくため息をつきながら彼等を見ていた。
日雀は正座さえられるリョーマの前まで行くと、膝を折ってしゃがみ、リョーマの顔を覗き込んだ。
「まだまだだね?」
日雀は少し意地悪そうに微笑みながらそう言った。
そんな日雀の言葉に、リョーマも今回は何も返せない。
日雀は立ち上がると、今度は他のレギュラー陣へと視線を向けた。
「皆さんも、先程の会話、聞いてらっしゃったんですか?」
日雀の言葉に、レギュラー陣はどう応えようか迷ったが、手塚の刺し殺すような視線に耐えきれず、全員正直にコクリと頷いた。
そんなレギュラー陣達の反応に、スミレが呆れたように大きくため息を漏らす。
「まぁ・・・説明する手間が省けたからいいんじゃないのかい」
スミレは手塚にそう言い放った。
もはや部員達は『蛇に睨まれた蛙』状態である。
コレをあまりに哀れに感じたスミレは、レギュラー陣に助け船を出したのだ。
手塚は大きく溜め息をつくと、レギュラー陣から視線を離した。
「全員、グラウンド50周だ」
最後にこう付け加えて。
「あ、そういえば、共同合宿の相手校はどこなんです?」
乾はスミレに向かってそう訪ねた。
これは日雀を除く全員が気にしていたことだ。
全員の視線が、スミレへと集まる。
「相手校かい?なぁに、お前達も良く知ってる・・・」
「氷帝学園だよ」
スミレのその言葉に、男達の叫び声が講義室に響いた。
少年達の悩み
「五泊六日で合宿?」
「うん」
全ての仕事を終えた日雀は、兄である要の部屋にいた。
時計は、既に深夜三時を回っている。
「やっぱり、無理かな?」
「六日間ぐらい大丈夫だ。行って来い」
「でも・・・家にいないから何もできないよ?」
「もうすぐ母さんも帰ってくる。涼もいるし、心配しなくても大丈夫だ」
そう言い、要は暖かな笑みを浮かべて、日雀の頭をポンポンと撫でた。
「要」
「何だ?」
「ありがと」
笑顔で返してきた日雀に、要は再び微笑んだ。
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日雀の合宿参加も決まり、レギュラー陣の練習にも一段と気合いが入っていた。
合宿を明日に控えた日の夕方、最終的な打ち合わせで日雀と手塚はスミレに呼び出された。
部活も終わり、部員達は皆帰路についている。
そんな中、部室の中に佇む男が8人。
皆、顔つきは何故か険しい。
「明日から共同合宿だね」
「しかも、相手校が氷帝かぁ・・・」
両校の能力の向上の為に催された今回の共同合宿。
本来ならば、強さに貪欲な彼等は、この機会を喜ぶはずだった。
しかし、今回は素直に喜べない。
「狼の群に子羊を投げ込むようなもんっすよね・・・」
桃城の呟きに、リョーマを除く全員がコクリと頷いた。
レギュラー陣が今回の合宿を素直に喜べない理由・・・それは日雀だった。
日雀が合宿に参加できると聞いたとき、レギュラー陣は飛び上がって喜んだ。
各々が、隙あらば日雀に近付こうと考えているのは、もはや手に取るように分かる。
勿論、お互いが敵であることを各々に把握しているため、それは難しいということもわかっていた。
しかし、今回の問題はそれとは別にあった。
そう、共同合宿相手校の『氷帝学園』のレギュラー陣の存在だ。
自分達の大事なマネージャーを氷帝の狼共の眼前に曝すわけにはいかない。
桃城の言葉には『狼=氷帝レギュラー』・『子羊=日雀』という意味が含まれていた。
だから今回、レギュラー陣は『抜け駆け無し』という調印協定を結んだ。
それは同時に『力を合わせて氷帝レギュラーから日雀を守る』という意味も併せ持っていた。
「・・・あれ?」
ふと扉が開き、問題の少女が驚いたように部室に目を向けた。
突然の少女の登場に、レギュラー陣も僅かに驚いている。
「・・・お前達、まだ帰ってなかったのか?」
日雀の後ろから、今度は手塚が現れた。
どうやら、スミレの所で用を済ませ、こちらに帰ってきたのだろう。
本日は解散したはずの部内にまだレギュラー陣の姿があった事が、手塚も日雀も意外だったのだろう。
「フフ・・・『明日から楽しみだね』ってみんなで話してたんだよ」
不二は機転を効かせた言葉でそう答えた。
手塚と日雀はそんな不二の言葉を信用して「なるほど」と納得した。
「今日はもう遅い。そろそろ部室を閉めるぞ」
手塚はレギュラー陣に向けてそう言った。
その言葉に、レギュラー陣は外に目を向ける。
既に陽が殆ど落ちており、外は薄暗い状態だった。
「そうだね・・・じゃあ、僕らもそろそろ帰ろうか?」
不二はそう言って立ち上がった。
その言葉に、周りにいたレギュラー陣もラケットバッグを肩にかける。
「今日もお疲れさまです」
日雀の満面の笑顔に送られ、レギュラー陣も各々に帰路についた。
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日雀とリョーマは並んで歩いていた。
家が近いということもあり、こうして連れ立って帰ることも多々あった。
「日雀」
「何?」
「明日、集合場所に行く前に俺ん家来てくれる?」
「うん。いいよ。最初から一緒に行くつもりだったし。」
そう言い、日雀は微笑んだ。
明日は、午前授業が終わった後、各々に準備してとあるバス停に集合するように言われている。
勿論、私服集合なので、制服を着替えに帰らなければならない。
その為、日雀は、家も近いリョーマと共に行こうと最初から考えていたのだ。
「それじゃ、また明日ね」
「うん」
二人は、最後の分かれ道で別れ、お互いの家路についた。
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次の日、午前授業を早々に終わらせ、レギュラー陣はそれぞれ着替えて荷物を取りに行くため、一旦帰宅した。
日雀は大きめのストリートパンツに同じく少し大きめのTシャツに着替えた。
この年代の少女には少し珍しいラフなスタイルだ。
どちらかというと、少年のような格好である。
日雀は荷物を詰めたバッグを持つと、要と涼のもとに向かい「いってきます」と告げて家を出た。
「リョーマ、もう支度済んでるかなぁ・・・」
日雀はポツリとそう呟きながらリョーマの家に向かった。
家につくと、二階に向かって呼びかける。
「リョーマ」
その呼びかけに反応するように、二階の窓が開き、目的の人物が顔を出した。
「早いね」
「そうかな?」
「そうだよ。あがっていいよ。鍵開いてるから」
「うん。わかった」
日雀は頷くと、玄関の扉を開けて中に入った。
何度も訪れたことのあるリョーマの家。
勿論、家の見取りも良く知っている。
日雀は階段を上り、二階の奥にあるリョーマの部屋に向かった。
「来たよ」
言葉と共に扉を開けた。
部屋の中では、リョーマがバッグの中に着替えなど、合宿に持っていく物を詰めている最中だった。
「まだ用意してなかったの?」
「別に急いで用意する物でもないじゃん」
「早く用意しておくに越したことはないんじゃない?そうでなくてもリョーマは行動が遅いのに」
「はいはい」
日雀の言葉にリョーマは苦笑をもらした。
一方の日雀は、ベッドに脱ぎ捨てられたままの学ラン取り、ハンガーに掛けてクローゼットの中にしまってる。
「日雀さぁ・・・ここ最近、ちゃんと寝てた?」
「寝たよ」
「嘘ばっかり。どうせこの1週間、家の仕事に力入れすぎて寝てないんだろ?」
「・・・何でわかったの?」
「普段『あくび』をしない日雀が、ここ最近、何度か頻繁にあくびしてたから」
「うわぁ・・・恥ずかしいなぁ・・・」
今度は日雀が苦笑を漏らす。
確かに、ここ最近日雀はほとんど睡眠を取っていない。
出雲には日雀の住まう本家とは別に数多くの分家が存在する。
分家に置かれる門下生の管理も、一括して本家の管轄下にある。
その為、分家での出来事も、逐一封書で送られてくる。
全てを管理し、統治するのが本家の役目。
当主の次点に置かれるのが、本家道場の師範・師範代だ。
この二人は総じて『当主代理』と呼ばれる。
本家に当主が不在であるため、これらの仕事は全て当主代理である要と日雀が管理しなければならない。
日雀は幼い頃から、これらのノウハウを全て当主から叩き込まれてきた。
まだ中学生ではあるが、聡明な当主代理というわけだ。
これから1週間近く家を空けると言うこともあり、日雀は要から合宿参加許可を貰った今日まで、殆ど寝ないで仕事に取り組んできていた。
普段から、睡眠時間はさほど多くない日雀だが、連続6日不眠というのは、ツライものがある。
合間に仮眠を取ってはいるものの、どう考えても必要最低限の睡眠には足りていない。
「あんまり無理すんな」
「大丈夫だよ。無理はしてない」
リョーマの言葉に、日雀は笑顔で返した。
何を言っても無駄だということは、幼い頃から付き合いのあるリョーマが一番良く知っている。
リョーマは呆れたように「はぁ」と溜め息をもらし、ようやく荷造りを終えた。
「終わった?」
「うん」
「それじゃ、行こう。もうそろそろ出ないと、ホントに遅れちゃう」
「日雀。ストップ」
扉を開けようとした日雀を、リョーマは呼び止めた。
リョーマはクローゼットを開けると、中から帽子を一つ取りだした。
日雀は首を傾けてリョーマの行動を見ている。
「予備の帽子、持っていくの?」
日雀がリョーマに向けてポツリとそう漏らした。
なぜなら、クローゼットから帽子を取りだしたリョーマは既に帽子を被っていたからだ。
「違う」
そう言い、リョーマは取り出した帽子を日雀の頭にかぶせてやった。
日雀は別段反応することもなく、目の前のリョーマに視線を向けている。
「私がかぶるの?」
「うん」
「なんで?」
「・・・日差しが強いから」
リョーマはそう言うと、バッグを肩に掛けた。
一方の日雀はリョーマの気遣いに笑顔で「ありがとう」と返す。
実際、今日は少し日差しが強い。
しかし、さほど気になる強さでもなかった。
リョーマが日雀に帽子をかぶらせたのには、別な意図があった。
こうして帽子を被らせておけば顔が見えにくくなるため、日雀の格好も相まって外見では少女と判別しがたい。
そう。リョーマは、これか会うであろう氷帝のレギュラー陣から日雀を守るため、『日雀が女ではない』と認識させようと思ったのだ。
とりあえず今日が凌げれば、明日からはまた考えればいい。
その為、リョーマは、日雀の帽子のつばをつかんで、少し前屈みに引っ張った。
帽子が前のめりになったことで、覗き込まなければ、日雀の表情は伺えない。
「コレで完璧」
リョーマは満足したようにそう呟いた。
「え?何が?」
「日雀は気にしなくていいの」
口元を綻ばせてそう言い、リョーマは部屋の扉を開けた。
日雀は疑問符を浮かべたまま、リョーマと共に部屋を出た。
階段を下りると、リビングからカルピンが出てきた。
「ほあら」
独特のなき声で、リョーマの足に擦り寄り、そして日雀の足にも同じように擦り寄った。
日雀は嬉しそうにカルピンを抱き上げる。
「久しぶりだね、カルピン」
「ほあら」
日雀の言葉に応えるように、カルピンがなく。
そんなカルピンを、日雀は優しく撫でてやる。
「お、御両人。お揃いで出発か?」
リビングから聞こえてきた声に、日雀とリョーマはそちらに視線を向けた。
そこには、リビングの扉から頭だけ覗かせている南次郎の姿があった。
「南次郎さん、こんにちは」
「おう!日雀ちゃん、相変わらず可愛いな〜」
「南次郎さんも相変わらず格好いいですよ」
「お!日雀ちゃんは『大人の渋さ』ってもんが分かってるねぇ」
「日雀。『アレ』をおだてても、ろくな事無いよ」
リョーマはため息をつきながら日雀にそう呟いた。
『アレ』とは、勿論リョーマの父・南次郎の事だ。
そんなリョーマの言葉にも、日雀はお構いなしに笑顔を浮かべている。
「もう行くのか?」
「はい。そろそろ出ないと、集合に遅れちゃいますからね」
「そうかそうか。・・・おい少年。日雀ちゃんをちゃんとエスコートしろよ!」
「・・・寝ぼけたこと言ってないで、さっさと寺に行って鐘突いて来たら」
リョーマは呆れたようにそう言うと、そのまま日雀の手を引いて玄関に向かって踵を返した。
日雀はリョーマに引っ張られる形で足を進めていく。
腕の中からカルピンを降ろし、南次郎に向かって苦笑しながら手を振った。
南次郎は満足そうな表情で手を振り返してきた。
玄関の扉がバタンと締まり、再び家の中に静寂が支配する。
「そう言えば日雀ちゃん・・・なんで帽子なんかかぶってたんだ?」
南次郎は、既に二人が出ていった玄関を見つめたまま、ポツリとそう呟いた。